top of page
  • 執筆者の写真MIho Kasuga

本日の論文


中丸貴史氏「軍靴の響く場から「文学」を叫ぶ」(「日本史研究」700号 2020年12月)

いただいてから時間がたってしまいました。反省。

「漢文学」を受講する学生の「観念をひっくりかえすのが筆者の仕事」が胸に響く1本。

はからずも昨日に続き、研究とは、文学とは、という根本を問い直すものでもありました。「社会との関わり方」「ミッションとしての教養教育」の節は、着任以降教養教育に従事してきた立場としては励まされるものでもありました。


「『源氏』研究を前提とした不親切な書きぶりの論文も少なくない」の一文、非常に重要な課題でありつつ、個人的には、教養教育に携わることで、不親切な書きぶりがマイナスの面でできなくなってきているような不安があります。

熱意とパワーで押し切る(年齢的にそれではだめなので当然なのかもしれませんが)ような切り口を持てない、書き方ができないというか。


中丸氏とはまた形が違うものの、いわゆる「文学部」ではない場でどう文学を読み、伝えるのか、そこには何があり、何があらねばならないのか。自身に問い直す1本です。


閲覧数:14回0件のコメント

最新記事

すべて表示

明けましておめでとうございます

雪の東京ですね。 今年は、しっかり論文を書く、それをとにかく目指していきたいと思います。 第一目標は2月にある私的研究会。そこでしっかり発表することです。 今は、学生さんのレポート分析をしています。 採点の祭典の最大級のものはすでに終了したので、研究モードにシフトチェンジです!

本日の論文

だい レポートの採点などで少し間があいてしまいました。 本日は届いたばかりの「日本文学」第70巻第12号から。 今井久代氏「古語「いとほし」について―恥ずかしい自分を見つめる目―」を読みました。 筆者には既に「青表紙本系『源氏物語』の全386例」を調査された先行研究があり、それをさらに発展されたものとなります。 形容詞の扱いは難しい、と思ってしまいます。 筆者も「いとほし」について述べられるように

紫の上の話

週末、レポートチェック、授業準備と論文を読むことが滞っております…。 それでも手を動かしたいとき用に、今まで書いた論文の再校正を少ししました。 さて、今日は授業で「若菜上」巻あたりの話をしたのですが、紫の上の話をしていて、 こみあげるものがあるのをこらえる、という状況が何回もあり、自分でもびっくりしてしまいました。 そもそも『源氏物語』の何が好きって紫の上が好き。と言えるような状況だったのですが

bottom of page